以前、「Obsidianをもう一度はじめた話」と「ObsidianにAIを載せたら別物になった話」という記事を書いた。一度Obsidianをやめた人間が、Claude Codeと組み合わせることで復帰し、ノート処理や情報収集をAIに任せる運用を始めた、という話だった。
あれから数週間ほど運用を続けてみて、一つ確信に変わったことがある。AIとの作業で一番大事なのは、ツールの選定でもプロンプトの書き方でもなく、「とりあえず記録を残すこと」だった。
AIとの作業は「文脈」が全て
前回、「AIコーディングが後から苦しくなる原因はコンテキストの喪失だ」と書いた。セッションが切れると全て忘れる。これは仕組みで対処するしかないとも書いた。
あれから数週間、ADRを自動保存する運用を続けた結果、Vault全体で97件のADRが溜まった。数週間でこの数だ。
97件と聞くと多いように見えるかもしれないが、1件1件はそこまで長くない。「こういう問題があった」「こう判断した」「こっちの案は却下した。理由はこう」という3点セットが書いてあるだけだ。でもこれがあるのとないのとでは、翌日のセッション開始時の立ち上がりが全く違う。AIがVault内を検索して過去の判断を参照できるので、「前回こういう理由でこの方式にしましたが、今回もこの方針で進めますか?」と聞いてくる。人間が口頭で説明し直す手間がゼロになった。
何が変わったかというと、認知コストの負担が移った。複数のプロジェクトを並行していると、どれがどこまで進んでいたかを思い出すだけで疲れる。記録があればAIがそれを読んで文脈を復元してくれる。人間はAIの要約を見て「そうそう、それ」と確認するだけでいい。この差は、実際にやってみると想像以上に大きい。
「記録」は整理じゃない——raw保存の思想
ここが今回一番書きたかったことなのだが、記録する=整理して保存する、ではない。
前回の記事で「人間がやることは3つだけ——1ノート1トピックで書く、適切なフォルダに置く、そのまま保存する」と書いた。これは運用の話だったが、数週間やってみて、もう少し踏み込んだ話ができる。
ポイントは「整理しなくていい」だけではなく、「整理しない方がむしろ良い」ということだ。従来のナレッジ管理とAI前提のナレッジ管理は、設計思想が根本的に違う。
| 従来のナレッジ管理 | AI前提のナレッジ管理 | |
|---|---|---|
| 前提 | 人間が探す | AIが探す |
| 整理コスト | 人間が負担 | AI処理で代替 |
| 検索性 | フォルダ・タグ・リンクで確保 | AI検索・セマンティック検索で確保 |
| ボトルネック | 整理の手間で記録が止まる | 記録さえあればAIが構造化する |
| スケール | 人間の管理限界に依存 | ノート数に依存しない |
整理にかけるコストよりAIの処理コストの方が安いなら、「全部突っ込んでAIに任せる」が合理的な選択になる。整理に時間をかけているうちにメモを取る習慣自体が死ぬ。それが以前の自分だった。今は書くことだけに集中して、構造化はAIに投げている。
記録が「仕組み」を育てる
記録が単なる記録で終わらず、運用改善の起点になる。これはやってみて初めて実感した。
記録から仕組みが育つサイクルはこうだ:

品質チェックシートがわかりやすい例だ。メール文面やブログ記事を出力するときに、サブエージェント(Claude Codeが裏で別のAIプロセスを起動する機能)がチェックリストに照らして検査する仕組みを入れている。で、ミスが見つかったらチェック項目を追加する。最初から完璧なチェックリストを設計するのではなく、失敗を記録して改善ループを回す。チェックシート自体が「記録の蓄積」として育っていく。
もう一つ具体的な例を挙げると、メールチェックスキルの変遷がある。最初は「3つのメールアカウントを巡回して内容を報告する」というシンプルなものだった。それが実際に使っていく中で問題が見つかり、ADRとして記録され、改善されていった。
| 日付 | 改善内容 | きっかけ |
|---|---|---|
| 3/29 | チェック結果をVaultに記録 | 振り返りができなかった |
| 3/31 | Outlook既読化問題を対処 | メールが勝手に既読になった |
| 3/31 | IPMessenger確認を追加 | 社内連絡の見落とし |
| 4/1 | タスク自動切り出し | 手動でTODO転記していた |
| 4/2 | サブエージェント委任で高速化 | 処理が遅かった |
| 4/3 | Gmail→CLI、Outlook→ローカルMbox | アーキテクチャ刷新 |
メールチェックに関連するADRだけで16件。5日間で16回の改善だ。一気に作ったのではなく、使いながら「ここが不便」「ここでミスが起きた」と記録し、その記録をもとに改善を重ねた結果だ。
同じことがスキル全体にも言える。現在、Vault固有のスキルが29個、プロジェクト横断で使う共通スキルが5個、合計34個のスキルがある。これも最初から30個を設計したわけではない。日々の作業で「これ毎回やってるな」と気づいたものを、まずメモとして記録し、何回か繰り返して安定したらスキル化する。記録→パターン認識→スキル化、という流れが自然に回っている。
ADRが改善の連鎖を生み、スキルが日常の記録から育つ。記録は記録で終わらない。放っておくと勝手に仕組みに進化する。
正直な運用の話——完璧じゃなくても回る
ここまで書くと「すごく整った運用をしている」ように見えるかもしれないが、実態はそうでもない。そして「完璧じゃなくても記録があれば回る」というのが、今回の主張の裏側にある話だ。正直に書く。
タスク管理は一度棚卸しをしたとき、アクティブなノート63件のうちTODOが定義されていないものが12件あった。「処理中」とされているのにやることが書かれていない、という状態が放置されていた。結局100件近いTODOを一括で整理し直した。
定期タスクのトラッカーにも期限超過は普通に出る。メールチェックが21時間超過、ジャンク品チェックが5日超過、みたいなことは日常的にある。完璧な自動化なんてものは実現していない。
でも、それでいいと思っている。大事なのは「完璧に運用する」ことではなく、「記録が残っているからいつでも棚卸しできる」という安心感だ。期限超過があってもトラッカーに記録されていれば、次のセッションで「これ遅れてますよ」と通知が来る。TODOが形骸化しても、棚卸しスキルを回せば全件洗い出せる。
前回の記事で「完璧を目指すと挫折する」と書いた。今回もそれは変わらない。完璧な運用より、崩れても復旧できる運用の方がよほど持続する。そして復旧を支えるのは、結局のところ記録だ。
この先の話
「なぜ記録するのか」の答えはある程度出せたと思う。記録はAIの燃料であり、仕組みの種であり、崩れたときの復旧手段だ。
ただ、ここまで読んで「で、具体的にどうやっているの?」と思った人もいるだろう。CLAUDE.mdという464行の運用ルールファイル、スキルとセッション記録の3層管理構造、Obsidian Syncが同期してくれないディレクトリへの対処法——仕組みの実装の話は後編で書く。
後編を読む前に、一つだけ提案がある。今日の作業で何か一つ、テキストファイルに記録を残してみてほしい。ノートアプリでもメモ帳でもいい。「何をやって、なぜその判断をしたか」を1行だけ書く。それが仕組みの起点になる。